わたしのこと

私たち夫婦は高校まで地方の公立高校で育ち、大学進学のために上京しました。二人とも小学校から大学までずっと国公立オンリー。大学に入学したのは、もう25年以上前のことで大学受験の記憶さえおぼろげになる世代です。

母親である私が育った地方には、東京にあるような私立の中高一貫校はひとつもありませんでした。私立高校はありましたが、あくまで公立に落ちた人が行くという場合がほとんどです。公立高校から大学へ進学するには、いわゆる地方の進学校と呼ばれる高校でなければ相当厳しく、塾や予備校を併用して大学に挑むのです。それゆえ、その当時の私のまわりでは、受験とは大学受験のことにほかなりませんでした。

そんな田舎者の私でも「中学受験」というものがあることを知ったのは、かなり幼い頃です。東京に住んでいた私の叔母の息子(8歳ほど上の従兄)が、開成中学に合格したというので、しばらく家族の話題になっていました。父は、自分の甥はかなりの秀才だと自分のことのように家族に自慢していました。当時、小学校にも入っていなかった私は、母達が「東京は住む世界が違うね」という主旨のことを話していたのを覚えています。

まさに東京と地方の格差ですが、私が格差を実感するのは大学受験のときまで待たなくてはなりませんでした。大学受験では、模試にも、本番の受験にも電車を乗り継いで出ていかなくてはなりません。そして一番のネックは冬。雪国だったので、移動は時間がかかって大変なのです。「この同じ時間を東京の晴天下の受験生は、勉強時間にあてることができて羨ましい」と心底思ったものでした。

東京と地方では、受験に関する情報量の違いも、恐らく当時の私が知る以上にあったのだと思います。しかし、教育内容やカリキュラムがどう違うか、就職先はどのようであるかなど、今の大学受験生なら当たり前に考えることすら、情報が少なすぎて考える余裕がありませんでした。赤本の基本的な情報と偏差値を頼りに志望校を決めていました。「偏差値に従って行ける大学に行く」というのが志望校選択方法の主流だったように思います。高校の進路指導ではそれ以上の内容はありません。進学校だからといって、先生方が東京の大学に詳しい訳ではありませんし、両親も大学の名前や一般的に言われる序列は知っていても、子供の進学先について積極的に情報を集めるタイプではありませんでした。塾にも行っていなかったので、誰からもアドバイスを受けずに志望校を決めました。

私の場合、親からは現役合格を条件に進学を許可されていたので、助言もなければ、その代わりに要求もないという感じで、「子供だけでの大学受験」です。志望校選択から学習方法、受験のスケジュールはすべて自分で決めて、自分で実行したという形です。高校生ならそれが当然と両親も私も考えていました。そして、たいした事前知識も目的も持たずに大学に入学したのです。

地方出身者の中にも、人生のビジョンを早期に描き、目的意識を高く持って大学受験をする人も多いかと思います。当時の私にはそこまでの知性も知識もありませんでした。それでも、なんとか大学受験をパスし、これまで東京で社会人として生きてこられたので、「中学受験」に対する世間の過熱ぶりを見聞きすると、最初のころは不思議な気持ちでした。

未経験がゆえに、私立中学高校の良さを説かれても今一つ想像しにくく、そこに至るまでの親子の負担や志望校に落ちてしまった場合を想像したりすると、東京での子育ては面倒なことが多いなと思ったのが正直なところです。

自分のように高校生になれば自ら勉強するようになるのでは?と考えたり、小学生のうちに挫折感を味わうかも知れない経験をさせなくてもよいのではないかと、親の責任の重さにおののいたりしました。大学受験なら進路は子供の責任で決めなさいと言えるのに、中学受験ではそれが言えません。中学受験は親だけの責任でも子供だけの責任でもないというところが、経験のない私には漠然としていて恐ろしく感じました。それなら、小学校受験は?というと、成功も失敗も全て親の責任で済まされるだろうから、子供は傷つかないけれど、「我が家では経済的に選択の余地がないね」ということになります。(学校の選択肢も少ないですね)

私の小学生時代や先に書いた従兄の時代は「中学受験」が今よりもっと特殊なものだったようなので、東京にいても視野に入って来なかったかもしれませんが、今は違います。今は「中学受験」が近所や友人の間で普通に話題に上ります。教育に関心があって、中学受験を全く望めない環境でなければ、私のように迷い悩む親は珍しくないだろうと思います。

このように、これまで悶々と悩み、迷っていた私ですが、ついに「中学受験はする方向で」と決めました。次からは、そう決めるまでの過程について書いていこうと思います。